そもそも津軽地方は、相撲が盛んである。ほとんどの小学校に土俵があるのは、全国で見ても珍しいそうだ。中でも私が育った鯵ヶ沢町は、あの、舞の海の出身地である。子供の頃から、学校で休み時間になれば、みんなと相撲を取っていたものだ。(あまり強くはなかったが。)部活で苦しい思いをしてまでやりたくはないけれど、遊びでやる分には、大歓迎だった。
遊びで十分のはずだったが、東大に入学した際、なぜか相撲部に入ってしまった。東大相撲部は、国公立大学の中では無敵の強さを誇っており、その稽古はなかなかきつかった。そこらへんのサークル並に、のんびりと活動しているものだという私の予想は根底からくつがえされてしまった。
「こんなはずじゃなかったのになあ。こんなにきつい思いをするなんて。」(なんて根性無しなんだろう!!あきっぽい性格がこんなところに顔を見せている。)
時を経るにしたがって、相撲に対するモチベーションは少なくなっていき、ついに退部したのは今年の一月である。
人間勝手なもので、やる気をなくして退部したものの、しばらく相撲から離れると、また土俵に上がりたくなるものだ。とはいえ、退部した自分にとって、また相撲部に顔をだすというのは、相当気が引ける。部の先輩から電話があったのは、そんな六月のことだった。
「六月末に香港上海相撲選手権があるから、ぜひ佐藤も出てくれい。」と言ってきたのだ。ちょうど私も相撲が取りたくなっていたころである。あちらからわざわざ誘ってくれたのもうれしかった。
何度か稽古に参加し、6月22日の選手権当日を迎えた。この大会は、一部の高校、大学相撲部や、社会人相撲クラブ等が集まって行われるものだ。私は、軽量級(60キロ未満)個人戦にエントリーされていた(私のは、165センチ、59キロだ)。軽量級に参加するのは全部で16人。トーナメント戦なので4回勝ち抜けば優勝である。とはいえ、半年のブランクがある自分だから、怪我をしなけりゃ御の字だと、初めは思っていた。
一回戦の相手は、こちらよりも体が引き締まって見える。つらがまえも立派なものだ。こりゃあ強敵だ。立ち会い、フワッと立った自分に対し相手は鋭く踏み込んできた。かさにかかって押し込んでくる。押され押されて土俵際、相手の腕をたぐって回り込むことに成功したが、相手は休むことなく押し込んでくる。しつこい奴だ。こちらはそれを何とか受け流しつつ、隙をついて、とったりで土俵の外に叩き出した。記念すべき復帰1勝目だ。体も思ったより動いてくれる。あと1勝ぐらいできるかな、と思った。
さて、二回戦である。今度の相手は166センチ、52キロ(!)という素晴らしくスリムな肉体を誇っている。およそ相撲を取るような体格ではない。しかし、貧弱な体を補って余りあるほどの技を持っているのかもしれない。用心が必要だ。どんな相撲を取れば勝てるだろうか。疑心暗鬼に陥り、気持ちの整理がつかぬまま土俵に上がった。互いに相手の引き技を警戒し、強くぶつかり合うようなことはなかった。四つに組んだが、相手はずいぶん非力だ。チョロチョロ動かれる前に勝負をつけようと、一気に寄って出た。土俵際、相手もうっちゃりを放つが、こちらは動じることなく、寄切った。これでベスト4進出だ。
準決勝までやってきた。ここで負けても、3位ということで賞状がくる。相撲で表彰されるなんて、小学生の時の、校内相撲大会以来だ。相手に目をやると、ずいぶん背が高い。180センチ近くありそうだ。骨格に見合った筋肉もついている。ちょっと軽量級の選手には見えないような気がするが。そもそもこの大会では、体重の測定などは行われない。すべて自己申告にもとづいているので、それをいいことに体重を7、8キロさばよんだりしている人はゴロゴロいると聞く。現に、見た感じが怪しい人は多い。じゃあ、私はどうなのかというと、かりに体重詐称をしていたとしても、それはホームページという公的な場で語るべきことではないし、私自身そんなことをした記憶は一切無い、としておこう。
前置きが長くなってしまった。話を戻そう。相手は長身であるから、懐に飛込みやすい。懐に潜り込んで、足を掛けるなり、投げを打つなりしよう。さて、立ち会いである。相手は凄まじい勢いで突っ込んできた。まともにこれを受け止める自信はない。この時体内で眠っていた私の反射神経が爆発した。相手の体が触れるか触れないかのところで、私は左に回り込み、相手の上手まわしを握ると同時に、頭を相手の脇の下にねじこんだ。するとあいての両足がのびきった。私はこの時を見逃さなかった。考えるより早く、足が動いた。外掛けである。次の瞬間相手はもんどりうって土俵に崩れ落ちた。会心の相撲だった。
ついに決勝戦まできてしまった。この時私は興奮していた。緊張ではない。興奮である。「ここまで来れば優勝を狙ってやれ!」などということは不思議に思わなかった。ただただ興奮していたのだ。野球部だった中学生のころ、一打サヨナラのチャンスで打席に立ったときも、こんな感じだった。(ちなみにその時は、見事にサヨナラヒットを放っている。)
相手の体型は自分とほぼ同じ。これまでの取り組みを見ている限りでは、立ち会いの変化は無さそうだ。会場も、決勝戦とあって、どよめいている。「はっけよい!」立ち会い、目論見どうり相手の懐にもぐりこんだ。身を沈めつつ相手の脇の下に深く頭を突っ込み、まえみつをグッと引き付けた。瞬間相手の下半身がのびきった。そこに私の足が飛んだ。今度は内掛けである。私が上、相手が下になって、二つの肉隗は土俵に倒れ込んだ。勝利である。会場がどっと湧いた。相撲をやって、こんなにうれしい思いをしたのは初めてだ。言葉にならぬうれしさ、喜び等々の感情が一気に私に襲いかかってきた。
試合の結果はこちら